松茸人工栽培研究の副産物 「マツタケボール」 〜4〜

博士の研究史

マツタケボールを利用した商品開発や事業企画が該当部署で進み始めていた。

平行してマツタケボールの大量生産において

三井東圧化学(現三井化学)の力を借りることが決まっていった。

 

当時の三井東圧化学はバイオ研究の中で

植物組織培養によるシコニンの生産で一世を風靡していた。

僕たちも紅花の植物組織培養による紅色色素生産研究を

実施していたので、三井東圧化学との取り組みは

相撲でいえば序の口力士が横綱の胸を借りるくらいの大きな事であった。

 

岩国にあった三井東圧化学の研究所&宿泊施設に

招待されて研究のトップである役員の方や担当の方との

打合せが出来たことは今でも忘れられぬ出来事だった。

マツタケボールの大量生産は順調に進み、

キロ単位で生産されたマツタケボールを使って商品開発も進んでいった。

マツタケボール入りのさつま揚げ、

マツタケのお吸い物の素、

外食事業でのメニュー展開、、、、。

 

同時にマツタケボール生産のコスト計算も三井東圧化学で行われていった。

一番の難点は生産日数だった。

仁丹粒より小さな状態になる最短の培養日数でも一ヶ月近く掛かってしまう。

結果として算出されたマツタケボールの価格はキロ単価で1万円近くになってしまった。

当時、韓国産のマツタケがキロ単価で5000円ほど・・・。

この時点でマツタケボールの生産、マツタケボールを

使った商品開発、事業開発などは一端中断という決断をせざるを得なくなった。

 

今から30年以上前のことだが、僕はまだ諦めてはいない。

チャンスがあれば、再度「マツタケボール」旋風を起こせると密かに考えている。

松茸が愛される食材である限り、

「マツタケボール」が愛される食材になるという夢を描き続けたい。