鯨カツ

食・彩・記

目の前にカツが現れた。

衣に包まれた身は赤く、ミディアムに揚げられていた。

咄嗟に牛肉のカツだと決め込んで

「牛カツ・・・旨そうだね」と

大将に言うと、大将は一寸申し訳なさそうに

「いえ、違うんです。クジラなんです・・・。」と答えてくれた。

 

クジラと言えば半世紀以上前になるが、

僕が小学生だった時の給食のおかずとしてしょっちゅう出されていた。

当時はクジラがけっこう漁獲されていたし、

日本人のタンパク源の一つだったからだ。

 

でも当時は決して美味しいモノだという感覚は無かったと記憶している。

恐らく漁獲されたクジラを保管する冷凍技術が未発達だったからと思うが、

一般に流通している冷凍のクジラ肉は

クジラの脂が酸化して特有な匂いを伴う。

そのために生姜ニンニクの下味は必須。

ただ、下味を付けたにしてもお世辞にも美味しいとは言えなかった。

 

そんな昔話をすると

「クジラはミンククジラで今朝ほど市場にあがった鮮度抜群のものです。」

「滅多に入手出来るものではありません・・。」

「添えてあるソースはスパイシーなものですからお好みで・・。」

と大将が立て続けに説明してくれた。

 

一切れにソースを付けて口にする。

先ずはスパイスの効いた辛めのソースが口に広がる。

噛みしめると、柔らかな身の存在を感じると

同時にネットリとしたミディアムの身にぶつかる。

更に噛みしめていくと全くクセの無い身から

旨味が染み出てきてソース、衣、身の三重の旨味が共演を始め出す。