鰈の煮付け

「食」のよもやま話

ここ最近、魚料理を食べるのは外食の時が多い。

魚をどうやって食すかは、その魚の種類や

その時の気分で常に変わる。

だからこそ、ちょっと我が儘が言えるお店で

食べるのが嬉しい。

今回は鰈(カレイ)をどう食すかを問われ、直ぐに煮付けで!と

大将に頼んだ。

 

鰈は淡泊な身が特徴。

塩焼きももちろん美味しいのはわかっているが

久しぶりの魚料理であること、

その日は煮付け!というキーワードが閃いたこと、

から煮付けでの調理を頼んだ。

 

幼少の頃、時々母が鰈を一寸濃いめの味で煮付けてくれていたのを

思い出す。

骨が結構しっかりしているので、喉にかからぬように

骨から身を外し、

その身を煮付けの汁のプールに浸していく。

背びれ、腹びれにあるごく僅かな身も・・・。

汁のプールに浸した身に骨が無いかを何度も確認して

煮汁の旨みをたっぷり含んだ身を一口して

直ぐにご飯をたっぷりと口へかき込む。

これを何度か繰り返すと身は無くなり、

ご飯2杯は平らげている。

ご飯をお代わりして、そこへごく僅かな身の残骸を

含む残りの煮汁をぶっかけて、

トドメのかき込み。

貧しかったが故の食費抑制目的で

濃いめの味付けで僕の腹を満たそうとしてくれた

母の気持ちがわかってきたのは中学卒業の頃だったろうか。

 

目の前に出された鰈の煮付け。

鰈を食すなら子持ち鰈といわれている。

鰈がお腹の中の卵と共に、

上品な煮汁のプールの中で存在を示している。

鰈の上にこれまた上品に添えられている

木の芽ショウガの千切りが嬉しい。

家ではなかなかこの演出が出来ない。

僕は美味しいところは最後の最後で口にするタイプ。

最初は背の部分から口にする。

フワーッとした身を感じた後から

煮汁の旨みがジュワーッと口一杯に広がっていく。

最後の一口は卵がある腹の部分。

フワーッとした身と口の中で煮汁の旨みと共に

ほぐれていく卵。

 

皿には骨と煮汁の小さな溜まりが残る。

なるべく身に纏わすようにして口にするから

他の人と比べて確実に残った煮汁溜まりは少ない。

もし僕が独りで食事をしていたなら、

「大将!ご飯を頂戴!」って言うのだろうな。