小鮎の天ぷら

「食」のよもやま話

大将が奥にある板場から1.5リッター位の容器を運んで来て

カウンター正面に見える壁際に置いた。

見ると氷がたくさん入った容器で何やら黒いモノが動いている・・

というか暴れている。

僕はその中身を知っているのだが、一緒に居た僕の今日の客人2人は

その店が初めてなので、2人に聞こえるように大将に尋ねる。

「ワーッ!何それ?」

大将も心得たモノで、僕が毎年この季節には何度となく見て知っていることを

おくびにも出さず答えてくれる。

なんです。」

「鮎にしては小さいから小鮎?」

毎年繰り返される会話が続く。

稚鮎ですかねえ。」

「稚鮎は昔琵琶湖で釣ったことあるけどかなり小さかった。」

僕がその昔、琵琶湖で稚鮎を釣ったことがあることを

言わせてくれるために、わざわざ稚鮎と言ってくれる憎い演出。

「そうですね・・やはり小鮎という方が近いですかね?」

「うん、そう思うよ。何で、氷水に泳がせるの?」

いよいよ、話が大将の専門分野に及んでいく。

氷水というキーワードを境にして・・。

「段々動きが鈍くなってきたでしょ?

氷水の定温で鮎は仮死状態になるんです。」

「なるほど、仮死状態で無いと揚げる時に暴れるって言う訳か・・」

「流石は博士!仰る通りです!」

誰でも分かるようなことなのに、やけに大げさに褒めてくれる。

揚がった小鮎2匹がまるで泳いでいるように目の前に現れる。

食は芸術だなあと思う瞬間だ。

何故、こんな風に揚げることが出来るのだろうか?

再び、毎年繰り返される問答が又もや僕の質問から始まる。

「どうして仮死状態なのにこんな風に泳いでいるようになるの?」

「油に入れると一瞬泳ぐんです。

油へ入れる時の角度とか方向で鮎の向きを調整できるんです。」

ここは大将の技の凄さを示す晴れ舞台だから、

大将の声にも力が入る。

客人もものの見事な反応を示してくれる。

僕はそんな状況に満足しながら、

1匹は蓼酢、もう1匹は醤油でいただいた。

いずれも、口にした瞬間に広がる軽い苦み、そして

揚げることで凝縮された鮎の旨味が口一杯に広がっていく。

その後から、爽やかな酸味と塩気、醤油の旨味が追いかけてくる。